Kiyuu’s salon ゲスト、島田史子(しまだちかこ)先生の後編です。
歌舞伎役者、九世 澤村宗十郎さんの番頭(※) を23年間務め上げ、現在は和粋伝承人(わすいでんしょうにん)として、講演や企画、講師として活躍していらっしゃいます。さらに銀座を拠点とするエステサロン「まゆ月」のオーナーでもあり、和美容のプロフェッショナルでもいらっしゃいます。
実際に多くの歌舞伎役者の方々と交流があり、現場を知る島田先生だからこそ出来る『和と粋の精神』の大変貴重なお話、どうぞお楽しみください。
前編はこちら
和粋伝承人として
編集:歌舞伎も日本舞踊も「古典」の良さを知ると、本当にすごいと気づくのですが、まずそれを知るきっかけがないと、なかなか見に行こうとはならないんですよね。
島田:小さい時に教わっていないということが、一つの要因かなとも思います。
時々、幼稚園の子たちに浴衣を着せて、ちょっとだけ踊りってこうだよと教えてる方がいらっしゃいますが、それはとても大事なことで、三つ子の魂百までではないですが、小さい時に覚えたことは、大人になって何かをする時の選択肢の1つになるじゃないですか。
そう思うと、やはりその親世代の話になってくるのですよね。
以前お台場で、若いカップルがいて彼女が浴衣を着ていたのですが、衿合わせが反対になっているのに気がついたのでどうしようかなと思っていたら、犬の散歩をしていた私に声をかけてくれたので、何気なく会話が出来たんです。そしたら「お母さんは浴衣の着方を知らないから、自分でネット見て着たんです」と。そこで「ごめんね。余計なことなんだけど、これは亡くなった方が着る衿合わせなのね。向こうに広いトイレがあるからそこで着替えさせてあげられるけどいい?」と言ったら彼が「行っておいで、そうしてもらいなよ」と言ってくれたんです。そしてそこでお着替えさせてもらいました。
でもそうやって自分で着ることは偉いし、お母さんに聞いたら全然わからないという。 着られなくても、衿合わせぐらいは分かっていたら、お母さんが教えてあげられますよね。
喜優:旅館に行った時の浴衣とかも、気になる時があります。
編集:確かに踊りを始める前、旅館に行った時に浴衣があって、みんなでどう着るんだろうねと適当に着ていた気がします(苦笑)
島田:やはり知らなすぎるなと思うのですよね。だから日本人として自国のことがわからない、根底にある部分をわからないと、 やっぱり世界の人に負けてしまうのは当たり前ですよね。
喜優:日本の文化には意味があるから。その意味を知ることが人間力を深めたりすることに繋がるんですよね。
島田:海外の方のほうが自国の文化をとても大事にしていて、それをわかった上で日本ってすごいよねと思ってくださる。日本には独自の文化がたくさんあることに憧れてくださったりするけど、反対に海外に行っている日本人が自国の文化を知らない、歌舞伎なども見たことないとかいう方が多いとやっぱりもったいないですよね。
喜優:歌舞伎そして日本の和文化を伝えている、和粋伝承人として、これからのビジョンはどのように描かれていますか?
島田:やはり子供たちは大事だから、地方のいろんなところで子供向けのイベントなどができるといいなと思っています。それを元に発信するものができれば、それを海外の何十ヶ国語にも変換して発信できるなと。日本人は自国のいい所は気づかないけど、海外の人がすごくいいよと言ったら、あぁいいんだねと言えてしまうようなところがある。日本でだけでいくら発信していても、日本の文化というのは興味がある人しか見ないのですよね。
喜優:確かにそうですね。
島田:広がらないんです。興味がある人の中の狭い範囲をぐるぐる回ってるだけだから、そうじゃない突破口を、私は何か見つけなきゃいけないと思っています。私がお話させていただく講座などでも、着物が好きという方はいてくださるけれども、それでも歌舞伎は見たことがないっていう方も多い。もし着物も興味がなければ、和文化に触れる機会は皆無に近いと思います。
経営者のための歌舞伎観劇会
島田:去年、30代の男性が4人、女性が3人ほどの少人数で、「経営者のための歌舞伎観劇会」を開催しました。観劇の前に簡単な歌舞伎の歴史と、今日の歌舞伎の内容を今風の言葉で解説しました。例えばドラマで言えばこういう感じ、役者はこんな思いで演じているからそこも見てくださいねということをお伝えして。終わって感想を聞きましたら「歌舞伎ってこんな面白いって知らなかった。これを世界の人に発信できてない自分たちが恥ずかしいと思いました。」と言って下さいました。こういう活動も大きくはなかなかできないけど地道にしていく、今まで歌舞伎を見る機会もなければ、和文化が好きではない、全く関係ないと思ってる人たちに向けて何かをしていかないといけないなと思っています。
編集:そのような事前に解説が聞ける観劇会、とても良いですね。私も聞きたいです。
島田:こういった活動を、世界配信とか出来るよと言ってくださっている方がいるので、それが形になったら色々な文化人の方と一緒にできたらと思っています。例えば私が何か取材をするとか、稽古場に行かせていただくとかして、普段表では見えないところをご紹介する。人って裏側とかを知ると興味を持ちやすくなったりすると思うので、そういうことも発信できる人になりたいなと思っています。またいろんなことで喜優さんにもお願いに伺うかもしれないですけど。
喜優:これから私もどんなことが一緒にできるんだろうと、ビジョンを考えたいです。
島田:それこそ1人の力より2人の力で、違う分野なんだけど、向かってる方向、日本の伝統文化を守りたいという根底にあるものが同じ方と一緒に、一つのものを作っていく、そしてそれを世界配信していくの事は、とても大事です。ただ資金もかかることなので、協会や財団の様なものを作っていろんなところを巻き込みかけている最中です。なかなか形にするのは大変ですが。
喜優:何か立ち上げるのは大変ですよね。でもそうやって歩き出せば、ご縁がある人は揃ってくると思います。
島田:企業のトップの方々にもご協力いただきたいと思っています。大事な日本の文化を守ることは会社の格も上がると思います。なかなか説明してもわかってもらえないところもありますし、壮大すぎてまだ全然できないのですが、でもそういったトップの方達にこうしたいんですと言うことも大事だなと思っています。
そのためには、私が応援したい、一緒に形にしていきたいと思える、それこそ喜優先生みたいな方がたくさんいらっしゃるので、そういう方々と一緒に、そして企業のバックアップがあってこそ、大きな広がりになっていくと思います。それが1つ2つ形ができてくると、私も一緒にやってほしいですという人が絶対出てくるので、そうするとみんなが1つになって日本文化を発信して、海外の人に本当の日本をわかってもらえるかなと。
世界の人に認めてもらってこそ、日本の政治家も動くようになるんじゃないかと思います。
すごく壮大な話ですけど。
編集:伝統文化を守ることはまさにSDGsですね。
喜優:文化は絶やしちゃダメというか、日本にしかない文化の香りを残していかなければね。
島田:この間、二條宗匠が「みんなが興味を持たない文化はなくなったっていい。でも、1人でも見たいとか興味を持ってくれる人がいる文化は必ず守らないといけない」とおっしゃっていました。簡単なことだけど、奥が深いなと思いました。
編集:さきほどの経営者の方々のように、知らないだけで見る機会を逃したりしているのは勿体ないですよね。
島田:日々忙しい中、それこそ私たちより上の団塊世代の人は、仕事することが良いことで、他のことなんて男たる者するべきじゃない、という風潮がありましたがやっぱりそれだけじゃない。
それが日本の国を守って、経済や会社が動いていくことになるんだよというところを知ってもらいたいです。
喜優:一世代前にはそういう理解のある方達が多かったですね。
島田:スポンサーにもなってくれて、文化を守らなきゃという意識を持って動いてくれていましたが、そういう方たちもいなくなってしまいました。企業やトップの方たちが文化を守る、応援することが必要。
私がいた時代も、財界後援会という宗十郎の応援をしてくださってる方々がいて、それこそ大手銀行の頭取さんや、大手百貨店、大手メーカーの会長さん社長さんなどが、歌舞伎のためにと言ってできることをしてくださってた。でも代が変わるとお願いに行っても、そんな経費は使えないと言われてしまうんですよね。
喜優:そうなんですよね。たとえば舞妓さんや芸妓さんにとっても、そういう企業トップの方たちがお座敷に来てくれることで、お座敷文化が続いていきますからね。
生かされている
喜優:史子先生は日々心得ていること、何か指針になるようなことはありますか?
島田:私、27歳の時に胃がんで余命 3ヶ月と言われたんです。
編集:えっ!番頭さんをされてた時ですよね。
島田:そう。それからもう40年ぐらい経ちますけど。だからなんていうのかな… 日々生かされているという感覚。朝、今日も元気に起きられたとか、一人じゃなくて誰かに生かされてるから、誰かのために何かができることがあったらしたいなと思っています。
この間のヤマトタケルを観た時に思ったのですが、ちょうど初演のヤマトタケルの時が手術をした時でした。1月に手術をして、2月のヤマトタケルの初日に行ってたなぁと。
歌舞伎のお稽古は3日とか、長くて5日ぐらいしかないんです。でも初演の時は、まるまる1ヶ月お稽古がありました。宗十郎も毎日お稽古に行ってたんだけど、私が手術の日にもしかしたら死んじゃうかもしれないと思ったらしいんですよね。当時はがんの告知をまだあまりしない時代だったので、私自身は病名を聞かされていなかったのですが、宗十郎は聞いていたので、手術のまま死んじゃったらどうしようって思ってたらしくて、お稽古の途中で「病院へ行かなきゃ行けない」と言ったようなんです。でも松竹の人が、お稽古はいてもらわないと困るって言ったら「お前さんね!稽古はまだずっとあるんだから。人の命と1日の稽古とどっちが大事なんだ!」って言って、飛び出して病院に来てくれたんですね。
喜優、編集:なんか聞いてるこちらも泣けちゃいます。
島田:その後は宗十郎のために元気でいないと、と思ってたからか、そこからは病気をしたことなかったんです。夜に熱が出ても、次の日は仕事だってなったら朝になると熱も引いてた。でも宗十郎が亡くなって、事務所の片付けを1ヶ月で済まそうって時に初めてインフルエンザになりました。熱が42℃出て、それが1週間下がらなかったんです。それで事務所にいた子とかが「もう絶対旦那がちかちゃん連れてっちゃう、死んじゃうと思った」っていうぐらいだったんです。
でもまた元気になれたので、今度は違うことをするということも、何かをするお役目があるんだなと。
最近、宗十郎に守られてるなってすごい実感をするんです。前があったから今の私があって、歌舞伎だったり、日本文化を発信していきたいっていうことをすごく思うのはなんでなのかなと。
喜優:今でも常に一緒にいらっしゃるのね。
島田:ほんとにね。そうすると不思議なことに、お仕事だったりで出会った方が、私が何にも言ってないのに、宗十郎が言ってた言葉をポロっておっしゃったりするんです。
私がいろいろなことで大変と思う時があって、必要な事とは重々わかってはいるけれども、どうしても自前で用意することなどが多くなったりして、電話口で「もう大変なんです」と言ったら、その方が「ケ・セラセラだよ」っておっしゃったんです。私、その時にすっごいドキっ!として。宗十郎が座右の銘として色紙に「ケ・セラセラ」って書いてるんです。その方は「なんか急に出ちゃったんだよね」っておっしゃってましたけど。
喜優:きっと宗十郎さんからのメッセージですね。
島田:そういうことを最近また強く感じることが多くて。だから何かを残すとか、何かをする使命が今あるのかなと強く思うんです。できないかもしれないけど、でもやらなきゃいけないんじゃないかなと。
挑戦するということ
喜優:「何かを残す」「何かをする使命」、すごくわかります。
私自身の心得ている事で「迷いがあったらチャレンジする方を選ぶ」「損する道」を選ぶようにしています。損というのは変な意味ではなくて、人間には「パワーバランス」という気の働きがあります。あえて大変な道を選ぶ事で、大きな経験や、かけがえのない御縁を頂いたり。その経験が自信になって、自分を不動のものにしてゆくと思います。
島田:そう、お金には変えられないご縁だったり、繋がりだったりということの方が大事で、目先の欲や、数字だけを追っていると絶対それはできないことだから。
喜優:チャレンジして、あえて大海に行くっていうのかな。そこに自身の向上する姿があると思います。
島田:すごくわかります。誰かが一歩踏み出さないと、事って進んでいきませんから。
一歩踏み出すのってその先が深いか浅いかわからない。だから本当に勇気もいることだし、大変だけど、誰かが一歩を出して沈んじゃったら、あ、ここは深いから気をつけなきゃって次の人が思えばいいことですから。その先駆者と言ったら仰々しいけど何かを切り開いて、何か道ができれば良いなと思います。
喜優:不思議とそのチャレンジする方を選んでいくと、後悔はなくて。「やって良かった」って思える結果になっています。だから留まった時には進んだ方がいいと思う。
島田:絶対そう。それはすごい私もそう思う。金銭的には損になることかもしれないけど、自分とかその何かのためには、とても大きな偉業になることは沢山あります。
喜優:「何かをやってみたい」と思ったら、その芽生えた気持ちに従って、まずやってみたらいいんじゃないかなと思います。それが大きな経験になるし、あと二度とここには戻って来れないわけだから、過ぎた日々には。
島田:だって今のこの一瞬が、一番若いわけだから。やってみないとわからないですよね。
編集:内容がすごく沁みます。今お二人の高い波動が通じ合ってるのが良く見えた気が致します。
島田:ソウルメイトじゃないけど、根底にあるものや魂が同じだから、離れていてもお互いのことを思い出してることがあります。
喜優:それはやっぱり、古典から学んだ「本物の持つ力」をお互いわかっているから。だからそれを追求したいし、そこに向かってるし、それを繋げていきたいと思っています。
本物に触れる、教わることの大切さ
島田:本物の中で育ったかどうかってすごく大事です。こういう言い方をしてはいけませんが、歌舞伎のことを語る先生はたくさんいらっしゃるけど、それは色々調べて何千冊って本を読んで、知識はすごい持ってらっしゃる。それはそれですごいことなんだけど、でもご自分の経験ではないんですよね。
それに比べたら、私は知識は薄いけれども、実際にこの目で見て、体で感じて、楽屋での役者の息みたいなことも感じてきた。そこはやっぱり私の強みだと思うから、歌舞伎の歴史とか、歌舞伎ってすごいんだよということよりも、「役者がこうなんだよ」っていうところを伝えたい。
楽屋で点滴打ちながら舞台に出てる方もいらしたりとか、こういう思いで舞台に臨んでいるとか、そういう表には見せないけれど、役者の生き様を通してその人間を知ってもらった方が良いのかなと思っています。
編集:今、鳥肌が立ちました。やはり教わる側も、本物を知る人から教わりたいですし、素敵な先生に出会えると本当に幸せだと思います。
島田:それで言うと、今20代の若手の役者さんが大ベテランの役者さんに直接教わったりしてるんだけど、きっと今言われてもわからないことっていっぱいあると思います。こうやって教わったけど、そのようにやってるつもりなんだけど、できないところがいっぱいですごく悩む。でもその役者さんが40歳になった時、その時にはもう先生がいないわけです。けど、あの時に叔父さんが言ってくれたのはここなんだって、急にできるようになる。それは直接教わって、その時できなくても自分の中に残しておくのと、残しておかないのでは全然違うことだから、すごい財産になりますよね。そうやって真面目に悩みながら、できなくても何度も稽古してもらっているということが、すごく大事なことですよね。
編集:私ごとで恐縮ですが、今まさに先生に教えていただいていることが出来ていないことは、もう重々わかっているのですが、いつか出来るように頑張りたいです。
島田:最初に本物を教われるというのは、とても幸せなことですよね。ただ流れで、振り写しだけで良しとしてると心が入らない。私は踊りをやってないから大枠でしか言えないけど、なんでここで手を出すのかとか、物語があって意味がある。
だから歌舞伎でも、今は昔と違ってビデオとかありますよね。でも宗十郎もビデオ先生はダメってよく言ってたんです。今の方は小器用だから、ビデオを見ると同じような動きはできる、同じようなセリフ回しもできる。でもそれじゃ腹がわからない。ただの真似になってしまうとね。
喜優:そう、基本ができなくなってしまう。舞踊も奥底に品性が漂うものを目指したいですね。
喜優:最後に史子先生から何か、皆様に向けて今日の名言をお願い致します。
島田:名言なんて何もないですけど(笑)でも、日本の大切な文化を守っていくのは、やっぱり今生きてる私たち1人ずつにかかってるから、皆んながそれを大事に思ってくれれば、その輪が広くなって大事に残せる。でも1人で動いていていいことではないので、 もうお1人お1人が、全員が日本の文化のなんでもいいので、素晴らしさをわかっていただけることが、日本の将来の文化がうまく残っていくことの元になると思っています。
喜優:素晴らしい名言いただきましたね(笑)
編集:本日は大変貴重な素敵なお話を、ありがとうございました!
【後編 終わり】
島田先生の謙虚で美しく、かつ芯のあるお姿は多くの方のロールモデルにもなり得ると思います。
今後についてのお話は、お二人とも熱を帯びていて、伝統文化に対する愛が伝わったのではないでしょうか?
「同じ思いを持ってる人同士が発信すれば、実現できる」
素晴らしい先生同士の、今後のコラボレーションが楽しみです!